指導者がとにかく型にばかりこだわり
選手のレシーブの仕方が悪いと1時間以上も
一列レシーブをさせていた。
一生懸命に、言葉と身振りで
一人一人に型を教え、その通りになっていないと叱るが
当の選手はいくら言っても指導者の言う型にはならない。
それどころか指導者が言っていることを
一生懸命にしようとしているものの
誰ひとりとして、同じ型をとれないのだ。
それをみて指導者は言う。
「何度言ったら分かるんだ!」と・・・
実業団や全日本のプレーヤーをみても
個人のレシーブの型が同じという人は一人もいない。
基本型は同じでも、それぞれに微妙なコツをもっていて皆違う。
勿論それは長年の練習で本人がつくってきたものであって
一朝一夕にできあがったものではない。
型はハードだ。
ハードはパソコンと同じで入れ替えるには
相当の労力と時間がかかるように思う。
子供たちにはその子供たちの体格や体型がある。
子供たちがもっている独特のくせがある。
くせと言うよりは、むしろそれがその子にとって自然なのだ。
それを矯正しようとすると
余計なことを言ってしまったりして
悪くすれば、子供たちとの信頼関係までも失ってしまう。
ハードをいじろうとすれば根気と時間がかなり必要になる。
それよりもむしろ、子供たちのソフトをいじったらどうだろう。
またパソコンにたとえるが
ソフトはハードに互換性があれば、
インストールは比較的短時間でできる。
ソフトとは型ではない。
ソフトには何をするためにという明確な目的がそれぞれにある。
実際、上の練習時は
すでに子供たちは何をするためにということを忘れてしまっている。
自分の型に集中して(させられて)いるからだ。
今回の練習は、
セッターにAキャッチを入れるためしているのだろうと思う。
しかし、誰もすでにそのことは忘れ、
指導者も子供たちも「型」だけにこだわり、
ボールがどこに飛んでいこうがおかまいなしになっている。
そうなると、練習だからいい、というわけにはいかないだろう。
「試合は練習、練習は試合」と言うが自らそれを崩している。
相手からのアタックヒットを
(どんなボールでも味方コートに返ってきたボールは
アタックヒットになる)
素早くセッターと味方アタッカーが入りやすいレシーブをするという
ソフトを導入するのだということを忘れては
練習に意味がまったくなくなる。
そしてそれを具体的にする。
セッターへのボールの運びはどんな球質になったらいいか。
どんな高さで返ったらいいか。
レシーブ(キャッチ)後の動きはどうなったら次のプレーにつながりやすいか。
それだけにひたすら集中すればいい。
「型」でなくて「コツ」を教える。
そのコツは何のためにというのを具体的に付け加える。
しかし、焦点(集中させるもの)は、ただ一点でいい。
ひたすらその焦点を意識させればいい。
子供たちそれぞれに持っているハードを使って
具体的な今の練習の目的というソフトを徹底して
インストールし続ける。
本人も意識しなくてもできるようになれば
インストール完了だ。
ハードをいじるよりはるかに早く正確に自然に入る。
●ハードをいじるより、ソフトをいれよう。
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