指導者としてルールを覚えることは当然すぎることだが
その陰にあるものについて考えてみたい。
先ず、経験、未経験にかかわりなく、
あなたは本当に現在のバレーのルールを熟知しているだろうか?
ルールブックを穴があくほど読んで、実践として考えているだろうか?
たとえば遅延警告に関して。
その年々で、審判の考え方や対処の仕方も変わる。
警告シグナルを出すタイミングや順序もその都度審判側に指導がある位だ。
ゲームで子供たちとオリジナルなリズムをつくる上で、
この遅延に対するルールを熟知している指導者は少ないと思う。
また審判によっても、ゲームごとに微妙に違う。
私は土屋先生の教えをヒントに、自分たちのサーバーに
ボールを放り投げて渡すことを禁止している。
ゲームを進行していく上で、心と肉で会話しながら
自分たちのリズムを作り出し、点をとっていくという目的にそった
ひとつの戦術だ。
ボールを拾った子と、サーバーの子が互いに小走りに走りながら
歩み寄り、中間点でボールを手渡し、一言サーバーに声をかけ、
肩や腕をさわって、心を伝える。
これをずっとやってきているが、他のチームで今のところ
ここに氣がついた相手指導者はたぶん誰ひとりいない。
ただ、ある試合である審判だけがそれに氣がついた。
ただ、氣がついた審判は、心を伝えるその儀式に氣がついたのではない。
ゲームの進行上、遅延行為にぎりぎりあたるとの警告だ。
それもそのはず、子供たちのその日のリズムはけしてよくなかった。
ましてリードされていれば、心の儀式もいつもよりゆっくりになる。
要するに自分たちのリズムのためにやっている儀式が
逆に妨げになる場面もときどきあった。
私は反省した。
リードされた時の、このチームルールが逆にマイナスになるという
場面を子供たちが作り出してしまうことがあることに、
今までの練習試合で、対処してこなかったことに。。。
練習(試合)は試合、試合は練習(試合)
そんな気持ちを忘れないためにいろいろな工夫をしてきたつもりだが
当たり前に継続していて、氣がつかなかった部分だと思った。
これは指導者側の責任だ。
子供たちに罪はいっさいない。
試合で、あらゆる場面でも自分たちの儀式ルールを活かせるために
練習試合でそれに氣がつき、改善させることを忘れていたのだ。
が、逆に言うとこれで対処できる。
どうすれば、リードを許していても、
この心の儀式リレーを進行でき、しかも遅延警告を受けない
独特のリズムを作り出せるかを真剣に考え実行できる機会を得た。
もっとひどいことを言えば
ほめられたことではないが、わざと遅延警告ギリギリでも
自分たちの心のリズムをつくれるかまでを考える機会を得た。
ルールブック上のルールとチームルールは違う。
しかし、一度決めたチームルールは目的に沿って貫徹しなければならない。
たかが審判サイドのルールでそれを曲げることはしない。
誤解のないよう、私も一応公認審判員であるから
ルールブック上のルールはきちんと知っているつもりだ。
ルールを活用し、チームルールを貫徹させる・・・
あらためて、その大切さを知った。
●ルールブックを熟知しよう。
●ルールブックとチームルールは違う。
●チームルールはあくまでも子供たちの為に貫徹させよう。
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